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2006年2月20日 (月)

私をスキーにつれてって

  先日の朝日新聞土曜版Beに映画「私をスキーに連れてって」の特集がありました(今週は「東京ラブストーリー」...。)。妻はこの映画を見たことがないというのでビデオテープを引っ張り出して一緒に見ました。
  これってわたしゃ1987年の東京国際映画祭で見たんですよ。つまりワールドプレミアだ(笑)。知ったきっかけは原田知世でもスキーでもなく、ホイチョイ・プロダクションの制作だったから。当時「ビッグ・コミック・スピリッツ」で読んでいた「気まぐれコンセプト」という業界マンガの原作がホイチョイで、私は結構好きだったので興味をもって見に行ったという次第。だからそのときはあんなにヒットするなんて全く想像できず、一部マニアの間で評判になる類の映画だと思ってました。そう、オースティン・パワーズの1作目のように。って時間軸が逆だけど。

  話はそれますが、あの当時東京国際映画祭の知名度は低くて、上映作品のクォリティの割に前売りチケットは渋谷に行きさえすれば簡単に手に入ったもんです。 当時渋谷経由で通勤していた私にとっては夢のような日々でしたね。「ラ・バンバ」良かったなあ。客もいかにも映画好きっていう人が多くて雰囲気良かったな あ。ロス・ロボスが出てくるところで拍手だもんなあ。

  で、プレミアでの反応はというと私の記憶ではかなり上々。スキー遊びのディテールを知らなかった私でさえ楽しめた。これは笑いの基本である「繰り返し」 を、もうくどいくらいに織り込んでるからでないかな。沖田浩之の「とりあえず」とか、原田貴和子の缶ビールとかセリカの後輪ドリフトぶり(四駆でもああな るのか?)とか、これは笑いじゃないけど万座志賀間の移動とかね。
  上映後の舞台挨拶には馬場監督、原田姉妹、あと何人か俳優さんが来てました(三上博と高橋ひとみもいたと思う。田中邦衛は不在。布施博、沖田
浩之は 不明)。回りのあちこちから「知世ちゃん小っせーっ」て声が飛んだのを覚えてます。あと覚えているのが、(予想されたことではあったが)馬場監督がかつて の東宝娯楽映画と若大将シリーズへのリスペクトを語っていたこと。田中邦衛さんの役名(役名の田山は若大将-田沼と青大将-石山の合体)はすぐ分かったけ ど、若大将の妹役の女優さんまで出演していたとは普通気づかないよね。ああ、フロイトがどうとかユングがどうとかあほな質問をしていた映画ヲタを監督が一 笑に付していたことも思い出した。
この映画はご存じの通り大ヒットし、87年秋から翌年2月か3月くらいまでのロングランになりました。で、よせばいいのに年が明けてからもう一回見に行っ たんですよ。新宿伊勢丹向かいの映画館で、「アルプスの若大将」との二本立てになってるのを(激白だな)。館内超満員で立ち見客もたくさん。いまでは消防 法の見地から立ち見なんて許されないんだろうな。(「アルプスの若大将」も噂には聞いていたけどとんでもない映画だった。若大将=スキー部の主将が大会で ジャンプと滑降の両方に出場するんだもん。)

この映画で好きなところは、矢野(三上博)の友人たちの「まずは笑ってみせる」という態度です。不真面目に思われるかもしれないけれど、過度に熱くならず 物事を冷静に楽しんでみせる余裕がなんか好きです。この映画の中では主人公の矢野と優(原田知世)は、実は異質なキャラクターなんです。

いま見ると映画の中の風景がすっかりなくなってしまったことに気づかされます。職場の巨大パソコン(ワープロ専用機かも)は液晶画面のノートPCに、職場 での喫煙は追放され、アマチュア無線は携帯電話に、ポラロイドカメラからデジカメかカメラ付携帯に、ブルック・シールズみたいな眉の女の子は消え去り、ゲ レンデの人の数は減り、集う人たちもスキーヤーからボーダーに変わってしまいました。そして何より、冬でも志賀草津道路は通行できるようになり、この映画 のクライマックスはもう成立しません。ありがちな感想だけど、便利になることによって失われたものに気づかされました。

  あともう一つ。

  スキー行きてぇ

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