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2006年10月11日 (水)

奇跡の人

日曜日に演劇「奇跡の人」を見てきました。ヘレン・ケラーとアニー・サリバンの、あの有名な話です。ここでは芝居の内容については触れません。タイトルについて少しばかし書きます。

このタイトルの「奇跡の人」が誰を指すのか、それはここここにも書かれていますし、芝居を見ればそれがアニー・サリバンであることは明らか...。

と思ったら、ヘレン・ケラーの自伝がこんなタイトルなんで、やっぱり「奇跡の人 = ヘレン・ケラー」と認識している人も多いのかな?

でも少なくとも、英語圏の人間がそう誤解する確率は、日本人よりは低いはず。というのも、原題が"The Miracle Worker"だからなんです。

この原題を言い換えると、

the person who works the miracle

もしくは、

the person who makes the miracle work  (注)

となります。直訳だと「miracleをworkした人物」、「奇跡を動作させた人物」つまり「奇跡をもたらした人」になり、明らかにアニー・サリバンを指すことが分かり、誤解の余地はほとんどありません。

ではなぜ原作者ウィリアム・ギブソンは"The Miracle Maker"にしなかったか?あるいは、"The Miracle Bringer"ではいけないのか?

実は停止していたり故障している機械を動かすとき"work"という単語を使います。その機械は目の前にある、ただ動かないだけです。ヘレンの魂もそれと同じで、彼女の中に確実に存在している、でも鍵がかかっていて動作していないように見えている。その鍵はどこにあるか分からない。その魂の鍵をあける(車にキーを差してエンジンをかけると言った方がイメージとして正しいかも)という行為(これが奇跡)には"work"がしっくり来ます。

これが"make"だと無から、もしくは何か他のものから奇跡を作り出すことになるし、"bring"だと「ここではない余所のどこか」から奇跡を調達するようになってしまいます。奇跡というものは実は目の前のどこかに潜んでいるものだ、と深読みさえ可能な点で、"worker"という言葉の選択は大したものだなあと思いました。

(注)この"work"は名詞ではなく動詞です。

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